今年のワールド杯、いろいろありましたね
早いものでワールドカップが終わって一ヵ月が経とうとしています。
今年のワールドカップ、いろいろありましたね。
トランプ大統領とFIFAインファンティーノ会長
米代表選手の出場停止処分一年猶予
米国選手の出場停止一年間猶予。
表彰式でのゴタゴタ
表彰式での目立ちたがり屋行動。
FIFA平和賞
遡れば昨年の12月、新設されたFIFA平和賞がトランプ大統領へ。
ワールドカップ事業分離計画騒動
ワールドカップ終了後もありましたね。
世界各国のサッカー連盟の猛反対により中止となったワールドカップ事業分離騒動。
トランプ大統領の娘婿の弟が分離計画に関わっているなどの報道も。
10年前を思い出した人もいるのでは…
10年前、2015年のFIFAプラッター会長退陣時の事件を思い出した方もいるのでは。
ワールドカップで100億ドルを超える収益があると言われるFIFAですから、お金、利権に纏わるキナ臭い話は当然と言えば当然………かな!?
少年Hansの記憶に残るサッカー
さて、ここから私があまりサッカーを観なくなった理由へと。
8月にJリーグが開催となりました。が、中継などにあまり興味はありません。
ただし、サッカーを全く観ないというわけではありません。
今年のワールドカップに関して言えば、日本の出場する試合、グループステージからラウンド32は観ました。
が、ラウンド16から準々決勝、準決勝は観ませんでした。
日本が敗退したこともありますし、金沢の新盆、7月中旬の墓参以降、鬼の霍乱で体調を崩したことも原因です。
決勝戦は体調不良の寝床の中でボンヤリと観ていました。スペインが勝つことを、否、アルゼンチンが負けることを期待して。
アルゼンチンファンの方からお叱りを受けそうですが、その理由を綴っていきます。
少年時代のHans Potter
少年時代に遡ります。
当時、故郷の金沢ではサッカーはあまり人気がなく、少年は専ら野球、ソフトボールに興じていました。
テレビ中継も野球ばかりでしたし…。

メキシコ五輪の銅メダル
そんな若きHansにも記憶に残っているサッカーがあります。
何と言っても1968年のメキシコ五輪です。この頃はサッカーをよく観ました。
開催国メキシコとの3位決定戦。興奮しました。
そして獲得した銅メダル。日の丸に感動した若きHansです。

釜本邦茂さん
昨年(2025年)81歳で亡くなった釜本邦茂さんの存在がとても大きかったですね。
メキシコ五輪ではアジア初の得点王になっています(もちろん杉山隆一さんのアシストがあったからこそですが)。
「日本最高のストライカー」、「ゴールに愛された男」。
サッカーマガジン「釜本邦茂追悼号」の表紙に釜本賛歌が躍っています。

日本サッカーリーグ発足20周年記念の全裸のポスター「格闘技宣言」は話題になりましたね。
1984年。40歳とは思えない筋肉にビックリしました(左側です)。


私がサッカーをあまり観なくなった理由
いよいよ私がサッカーをあまり観なくなった理由の核心へ。
日本サッカーの父の存在
当時、日本のサッカーを指導したのは、西ドイツから招かれたデットマール・クラマーコーチです。
1964年の東京オリンピックの後、五つの提言を残して去ります。
- 強いチーム同士が戦うリーグ戦創設。
- コーチ制度の確立。
- 芝生のグラウンドを数多く作り、維持すること。
- 国際試合の経験を数多く積むこと。代表チームは1年に1回は欧州遠征を行い、強豪と対戦すること。
- 高校から日本代表チームまで、それぞれ2名のコーチを置くこと。
(出典:Wikipedia)
1965年の日本サッカーリーグの発足など、その後の日本サッカーの礎となる提言ばかりでした。
サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にする
デットマール・クラマーの名言の一つに「サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にする」があります。
少年は、サッカーで大人に必要なチームワーク、規律、責任感、忍耐力などを学び、大人はフェアプレー、スポーツマンシップ、相手への敬意などの倫理観を学ぶ、という意味です。
デットマール・クラマーのこの教えは日本サッカーに浸透し、メキシコ五輪での日本チームに対してユネスコから国際フェアプレー賞(ピエール・ド・クーベルタン・フェアプレー・トロフィ)が贈られています。
ガールハントをし酒を飲み煙草も吸いながら一流のプレーヤーになろうと思ってもそれは不可能だ
授賞理由は下記のとおりですが、授賞理由二番目の「競技場の外での………」は、クラマーコーチの言葉「ガールハントをし酒を飲み煙草も吸いながら一流のプレーヤーになろうと思ってもそれは不可能だ。サッカーは心の教育の場である」に通じますね。
国際フェアプレー賞授賞理由
「6回の厳しい試合の中、日本選手はよくルールを守り、ラフなプレーがなかった」「競技場の外での日本選手のマナーには、スポーツマンとして模範とすべき」
(出典:下記のWEBサイト)
南米のマリーシアが大嫌い
そんなに日本サッカーのフェアプレーに慣れていたHansは、南米のサッカー(ブラジルやアルゼンチン)が狡く卑怯に思えて嫌いでした。
・リードしている場面での不必要なパス回し等による時間稼ぎ
・見るからに演技だと分かるような痛がり方で主審の笛を誘う
等々、テレビ観戦でイライラしたものです。
今回のワールド杯の解説者が…
今回のワールドカップ決勝は体調不良のため寝床から観戦していましたが、NHKの解説者がアルゼンチンのサッカーを説明していたのを聞いて我が意を得たりと起き上がりました。
字幕付きでどうぞ。私がサッカーをあまり観なくなった狡いプレーをNHKらしく柔らかい表現で説明しています。
痛がった振りをする(のが)うまい選手が多い
字幕が少々おかしいので、意訳修正して記載します。
「基本的に痛がった振りをする(のが)うまい選手が多いんですけど、(ファウルを)とられないから、痛くないんですぐに立って戻るんですよ」
(字幕は同時タイピングのためか実際の場面と時差がありズレています)



主審がちょっとしたファウル(演技に近いファウル)は無視
解説者によれば、主審がちょっとしたファウル(演技に近いファウル)は無視してゲームをコントロールしていたようです。私の少年時代もこんな主審だったらサッカーをあまり観なくなることもなかったのに。




マリーシアとは 私がサッカーをあまり観なくなった最大の理由
南米サッカーチームの戦法、マリーシアには「ずる賢さ」「したたかさ」という意味があるようで、勝つための作戦と言ってしまえば身も蓋もありませんが、兎に角大嫌いでした(当時はマリーシアという言葉は知りませんでした)。
アルゼンチンのマリーシアには「汚い」プレーも含まれるようです。
下のWikipediaをご参照ください。
前出のデットマール・クラマーの言葉に「ドイツ人にゲルマン魂があるように、君たちにも大和魂がある」があります。ドイツ人と日本人の考え方が似ているのでしょうか。
サッカーを私があまり観なくなった最大の理由は、南米の ”汚い” サッカーが嫌になったためです。
松井秀喜選手 甲子園5打席連続敬遠
1992年の夏の甲子園で、星稜高校の松井秀喜選手が明徳義塾高校に5打席連続で敬遠されました。7回2アウトランナーなしの場面で、“勝負コール” が沸き起こりましたが敬遠でした。
試合終了後に “帰れコール” が明徳義塾高校の校歌を掻き消し、メガホンなどがグラウンドに投げ込まれる事態となりました。明徳義塾高校擁護派からは批判されましたが、星稜の応援団だけではなく、一般の高校野球ファンの素直な気持ちだったと思います。
高野連会長の異例の談話「無走者のときには正面から勝負してほしかった」
試合後高野連会長が「無走者のときには正面から勝負してほしかった」との異例の談話を発表していました。
高校生に5連続敬遠を強いる監督
「勝つための戦術」云々との監督の談話があり、擁護論もありましたが、個人的には、南米のサッカーを思い出す後味の悪い、嫌〜な試合でした。
勝つためとは言え、高校生に5連続敬遠を強いる監督………。
明徳義塾高校の選手が可哀想でした
勝負してもらえなかった松井秀喜選手は当然ですが、敬遠を指示されても監督に逆らうことが出来ない明徳義塾高校ナインが可哀想でした。
前出の「サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にする(少年は、サッカーで大人に必要なチームワーク、規律、責任感、忍耐力などを学び、大人はフェアプレー、スポーツマンシップ、相手への敬意などの倫理観を学ぶ)」の名言を残したデットマール・クラマーが観戦していれば恐らく私と同じ思いだったと。
マラドーナの ”神の手” ゴール
マラドーナの ”神の手” ゴール。
釜本選手や西ドイツの皇帝(カイザー)ベッケンバウアーなら正直に申告したのでは、と思う老人のブログでした。





































































































































