ゼロの焦点のラストシーン
野村芳太郎監督のロケハン
以前、「やはり、”ヤセの断崖=ゼロの焦点” は原作のイメージをロケハンで見つけた野村芳太郎監督のお蔭ですね。」と書いたことがあります。
映画化にあたり、野村芳太郎監督が冬の能登をロケーション・ハンティングした際、ヤセの断崖が原作のイメージと重なり選んだとのこと。
冬の能登でのロケハン。それも昭和34,5年の事ですし、陸の孤島と言われていた能登半島です。さぞかし大変だったと思います。
お蔭で、ロケ地として定着しましたが、ラストシーンから、自殺のイメージが強いようです。
映画「祈りの幕が下りる時」
2018年に公開された映画「祈りの幕が下りる時」にも、小日向文世さんが演ずる浅居忠雄と娘が、逃避行の途中で立ち寄る能登という設定で断崖が登場します。
ここでは、謎解きに関係する重要な事が起きます。後々、松嶋菜々子さん演ずる浅居博美の運命が……。詳しくは映画をご覧ください。
尚、阿部寛さんも断崖に立つシーンがありました。
能登金剛のロケのようですが、自信はありません。主人公の名前が ”加賀” 恭一郎だけに ”能登” も登場…!?
ヤセの断崖への疑問
そうまでしてロケハンを行ったのは、監督の映画人としてのプロ意識だったと思いますが、ブログに書いた後、疑問が出てきました。
「点と線」を持ち出すまでもなく、松本清張の作品には時刻表がよく登場します。そして列車名、駅名、地名も出てきます。時間や地理的関係が緻密に構成された作品です。
「ゼロの焦点」にも主人公 禎子の義兄 鵜原宗太郎に関して時刻表を調べる箇所があります。また、金沢駅から目的地までの時間や駅名、更には具体的な地名が出てくる小説です。
駅名、そして地名がこれだけ明確に書かれている小説なのに、野村芳太郎監督は、何故、小説に書かれた断崖(赤住)とは違う場所、ヤセの断崖を選んだのでしょう!?
松本清張の勘違い!?
地名を勘違い!?
理由の一つは、松本清張自身の勘違いがあったからではないでしょうか。
参考までに、地図上の小説に登場する場所に番号を振りました。
http://ktgis.net/kjmapw/index.html
小説で、高浜(地図❶)の警察分署で遺体見分の後、
とあります。その後、バスで赤住(地図❷)を訪れています。
Wikipediaによれば、どうやら松本清張が、巌門近くにある赤崎(地図❸)と赤住(地図❷)を間違えた可能性があるようです。
「赤」は同じですが、下に続く「住」と「崎」が違います。二つの地点は14㎞ほど離れています。
根本的に違うのは、赤住にはそれらしき断崖が無いことです。小説には、高浜からバスで二十分だと書いてありますので、松本清張の頭の中では完全に「赤住」だったようですが…。
和倉温泉からタクシーで…
小説では、雪の中、和倉温泉(地図❹)からタクシーで山越えして福浦(地図❺)に着いた禎子が、タクシー運転手に
と告げ、福浦港から高浜(地図❶)方向へ南下しています。(地図上では、和倉温泉❹から続く青い太線がタクシーの走行軌跡)
小説では、福浦(地図❺)から高浜(地図❶)へ南下する途中でタクシーを止めて、クライマックスの断崖(地図❷)へ向かいます。
地図を辿れば一目瞭然ですが、映画で有名になったヤセの断崖(地図❻)は、タクシーから降りた断崖、赤住(地図❷)から直線距離で18kmほど北ですし、巌門(地図❼)でも5kmほど北になります。
松本清張の頭の中では、あくまで赤住(地図❷)が断崖の場所だったからです。
野村芳太郎監督のロケハン
断崖が無い!!
1961年版の映画では、和倉温泉から直ぐに断崖でのシーンとなりますので、小説のような不自然さはありません。
野村芳太郎監督も、ロケハンで原作にある赤住へ行ったと思います。
現地で「ん?何か変だぞ」と感じたことでしょう。赤住には、原作に書かれたような断崖がありません。野村芳太郎監督は、主人公 鵜原禎子の夫 憲一が、自殺と見せかけて殺された場所(断崖)について悩んだと思います。
相応しい断崖探し
そしてロケハンを続け、原作のイメージに近いヤセの断崖を選んだのだと思います。見つけたときは嬉しかったでしょうね。
参考までに地図上のロケ地に番号を振りました。(赤色の数字はロケ地、青色の数字は小説に登場する場所です)
http://ktgis.net/kjmapw/index.html
野村芳太郎監督の工夫
小説では高浜(地図❶)の警察分署で遺体の確認をしていますが、映画では三明駅(地図❼)近くの富来(地図❽)の警察分署で自殺死体の確認をしたことにして、ヤセの断崖(地図❻)に近くなるようにしています。
また、映画で禎子が自殺死体を確かめに行った際、警察官が「(遺体が見つかった場所は)能登金剛と言いましてね、自殺の名所なんぞと悪口…」と言っていますので、小説での設定と、映画の断崖の場所との齟齬を警察の所在地と警察官の台詞の地名で修正しています。
小説の高浜が映画では富来に置き換わっていますね。地図上の小説と映画に登場する場所に番号を振りました。映画に登場する場所は、全体的に小説より北になっています。
監督も苦労したことでしょう。
やはり、“ヤセの断崖=ゼロの焦点” は原作のイメージをロケハンで見つけた野村芳太郎監督のお蔭です。お蔭で映画公開後、能登観光ブームとなりました。
因みに映画で禎子が、自殺した遺体の確認に降り立つ北陸鉄道の三明駅(地図❼)と小説で禎子が降り立つ高浜(地図❶)の能登高浜駅は、廃線となって今ではありません。
ラストシーンについて少し…
とどろく海辺の妻の墓!
最後の室田佐知子のシーンを少し。
小説の描写。
“重なりあった重い雲と、ささくれ立った沖との、その間 に、黒いものが、ようやく一点、 見つけられた。黒い点は揺れていた。その周囲に、目をむく白さで、波が立っている。“(出典:松本清張「ゼロの焦点」)
映画(2009年版)
これにイメージが近いのは2009年版の映画ですね。
”一週間後 外国船籍のタンカーが…“
と〆ています。
ヤセの断崖から見た能登の海。松本清張の描いた世界に近いと思います。
2009年版ではタイトルバックにも効果的に使っていましたね。
映画(1961年版)
1961年版は個人的には「?」でした。車ごと崖から転落?
”In her tomb by the sounding sea! とどろく海辺の妻の墓!”
(出典:松本清張「ゼロの焦点」)
エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)の最後の詩、「アナベル・リー(Annabel Lee)」の一節で文章を絞めた松本清張。
映画のラストシーンは、崖と海と空、そして雲間から一条の光。
原作と同じラストにすれば、モノトーンの絵面がピッタリだったと個人的には思いますが…。
次回は、1961年版映画の金沢でのロケ地巡りです。では、また。