Hans Potterの日々

映画と音楽と本、そして食べることが好きなオジサンです。徒然なるままに…

奇妙な果実 Strange Fruit

最初に

センシティブな映像を含みます

一か月ほど前、3月6日にNHKで放送された “映像の世紀 バタフライエフェクト「奇妙な果実 怒りと悲しみのバトン」” を視聴してのブログです。

番組のワンシーンに「奇妙な果実」とは何かを表したセンシティブな映像が登場します。

本ブログにも登場しますので、読まれる際はご留意ください。

ビリー・ホリディの名曲

南部の木には奇妙な果実が実る

下のシーンにある、

“南部の木には奇妙な果実が実る”

“Southern trees bear strange fruit”

で始まる歌をご存知でしょうか。

番組のシーン(歌の出だし)

ジャズ歌手ビリー・ホリディが、アメリカ南部の人種差別を歌った名曲です。


www.youtube.com

20世紀最高の曲

1999年12月31日版の「TIME」誌で20世紀最高の歌とされた “Strange Fruit(奇妙な果実)” です。

番組のシーン

Strange Fruit(奇妙な果実)とは

“Strange Fruit(奇妙な果実)” とは何のことでしょう。

この歌をビリー・ホリディに持ち込んだのは学校の教師として働いていた詩人のエイベル・ミーロポル。

リンチ(私刑)の犠牲となり木に吊るされた黒人の遺体を果実に見立て、人種差別を告発する内容でした。

1882年~1927年の45年間でリンチ(私刑)による黒人の犠牲者は3,513人。

記録に残っているだけで3千人を超えています。

リンチ(私刑)は筆舌に尽くしがたい方法で行われたようです。

写真は100年ほど前のアメリカでリンチ(私刑)を撮ったものです。

日本は昭和になっていました。

番組のシーン(1930年8月インディアナ州マリオン)

エイベル・ミーロポル

作詞・作曲をしたエイベル・ミーロポルの両親も現在のウクライナ西部出身のユダヤ人で、ロシアの迫害から逃れるためにアメリカに移住しました。

その息子であるミーロポルにはアメリカの黒人差別は他人事ではなかったようです。

ビリー・ホリディ

ビリー・ホリディ自身も当然差別にあっています。

また、彼女の父は演奏旅行中にアメリカ南部で肺炎に罹りますが、黒人を受け入れてくれる病院が見つからず亡くなります。

ビリー・ホリディにとって父の死の原因は肺炎ではなく黒人差別でした。

彼女がこの曲に出会ったのは父が亡くなって暫く経ったころ。

内容に共感したようです。

レコード化

歌詞の内容が内容だけに、大手のレコード会社からはレコード化を拒絶され、出来たばかりのコモドア・レコードから発売。

番組のシーン

ラジオでも放送禁止となりますがヒット。

1939年の「TIME」誌にも取り上げられたほどです。

この当時の「TIME」誌に白人以外、それも女性が取り上げられるのは非常に珍しい事だったようです。

番組のシーン

所有しているビリー・ホリディのLPレコードも下部にコモドア・レコードの表記がありますが発売はロンドン・レコード。

ビリー・ホリディのベスト盤のようです。

ビリー・ホリディのLPレコード

番組ではビリー・ホリディが亡くなる四か月前(1959年3月18日)に放送された映像が流れましたが、初っ端に登場するピアニストはマル・ウォルドロンです。

番組のシーン

“レフト・アローン” はヒットしましたね。

LEFT ALONEのLPレコード

ボブ・ディラン

初々しいボブ・ディラン

1961年の初々しいボブ・ディラン

番組のシーン

彼はビリー・ホリディ、そしてブルースを聴いて育った世代。

その影響もあり、ビリー・ホリディのようなメッセージを込めた歌で社会を変える力になりたいと考えていたようです。

番組のシーン

エメット・ティル 14歳の黒人少年

ミシシッピ州でリンチ(私刑)の犠牲となった14歳の黒人少年エメット・ティルを歌った1962年の “The Death of Emmett Till”。


www.youtube.com

この曲は知りませんでした。

白人の容疑者は無罪。陪審員は全員白人という事件です。

番組のシーン

エメット・ティル - Wikipedia

怒りと悲しみのバトン①

因みにボブ・ディランを見出したのは音楽プロデューサー、ジョン・ハモンド

番組のシーン

駆け出しプロデューサー時代に、エレノラ・フェイガン(後のビリー・ホリディ)を見出したその人です。

副題の ”怒りと悲しみのバトン” は、ボブ・ディランへと託されます。

尚、個人的に現在所有しているボブ・ディランは残念ながらCDのみ。

数枚LPを持っていましたが、若いころのレコードの貸し借りで何処かへ消えました。

The Freewheelin' Bob Dylan

サム・クック

A Change Is Gonna Come の誕生

ボブ・ディランの “The Death of Emmett Till” に触発されたのがR&Bのサム・クック

そして生まれたのが黒人差別に対する1964年の名曲 “A Change Is Gonna Come”。

番組のシーン


www.youtube.com

怒りと悲しみのバトン②

”怒りと悲しみのバトン” は、ボブ・ディランからサム・クックへバトンタッチされます。

公民権法の成立

同じ1964年7月2日に公民権法が成立。

www.y-history.net

1964年と言えば前の東京オリンピックが開催された年。

そんな時代にアメリカでは漸く…。

番組のシーン

上の写真でジョンソン大統領の後ろにいるのはキング牧師ですね。

サム・クック公民権法成立の年に33歳で死去。

オバマ大統領

CHANGE

それから44年後の2008年。

バラク・オバマ大統領が誕生。

スローガンはCHANGE。

選挙キャンペーンでテーマ音楽に使われたのが サム・クックの “A Change Is Gonna Come”。

怒りと悲しみのバトン③

オバマ大統領の誕生で、副題の ”怒りと悲しみのバトン” の伏線回収、かと思いきや、その後も白人警官による黒人死亡事件などが続発します。

エメット・ティル反リンチ法

バイデン大統領 2022年3月29日

バイデン大統領の2022年3月29日、アメリカ建国以来初めて、人種差別によるリンチ行為を犯罪と看做して罰することができる「エメット・ティル反リンチ法」が成立。

ほんの3年前までは人種差別によるリンチ(私刑)を罰することができなかったとは。

怒りと悲しみのバトン

ビリー・ホリディは麻薬や病に蝕まれて44歳で亡くなります。

ビリー・ホリディからバトンタッチされた ”怒りと悲しみのバトン” が最終ランナーへと渡りゴールのテープを切るのはいつになるのでしょうか。

今回はこれで。